11月12日は、洋服記念日です。
- どのような記念日なのでしょうか?
- どのような由来があるのか?
- いつから洋服記念日ができたのか?
といった点について紹介しています。
具体的な「洋服記念日」については、下記が参考になります。
洋服記念日の由来とは?
1872年(明治5年)11月12日に、「礼服ニハ洋服ヲ採用ス」という大政官布告(だじょうかんふこく)が出されたことで、政府の役人は礼服には洋服を着用が義務付けられました。
今までは、公家風や武家風の和服礼装が当然でしたが、この日に廃止され、洋服を着るようになりました。
この大政官布告が出され、日本の洋服の歴史が始まったことをを記念して、11月12日を洋服記念日と定めました。
いつから?洋服記念日ができたのか?
11月12日の洋服記念日は、1929年が、現・東京都洋服商工協同組合に、1972年に全日本洋服協同組合連合会が、それぞれ制定しました。
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男性と女性で、洋服の採用された日は違う
1872年11月12日の大政官布告は、男性の礼服が洋服に義務付けられました。この時点では、女性(女官)の礼服は、決まっていませんでした。
女官の礼服が、洋服が採用されたのは、1886年(明治19年)になってからです。
ペリー来航から欧米人の来航が増えた幕末
1853年のペリー来航から、欧米人が頻繁に日本に来るようになり、蘭学生や医師、オランダ人と生活をしている人々の中で洋服を着る人が増え、一部の武士や町人などでも洋服が取り入れられるようになりました。
そして、1855年に、オランダ政府が海軍伝習派遣部隊を江戸幕府に献納した時の軍隊の服装は洋服でした。
そうはいっても、一般的には、まだまだ、洋服は敬遠される風習があたのですが、西洋列強に遅れをとらない為にも、国際的な洋服が必要と判断した人達は、洋服を着るようになりました。
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明治になって、生活の西洋化が始まった!
文明開化の世の中になり、明治になってからは、西洋の文化が生活の中に入ってくるようになりました。
また、街中にはレンガ作りの洋風の建物が作られるようになり、飲食店も洋風料理を出すお店が開店しています。
そして、男性は、ちょんまげをやめて、髪を短くして、洋服を着る人もでてきました。そして、明治の初期に大政官布告が出され、洋服の普及が進みました。
一般人に洋服が普及したのは大正から
大政官布告が出された後も、一般人は、和服の着用が習慣化していました。
一般の人に洋服が普及したのは、大正時代になってからのことです。
東京都洋服商工協同組合の洋服の日のイベント
東京都洋服商工協同組合は、和服から洋服への変更を決めた明治天皇の御遺徳を崇敬して、洋服の日には、明治神宮に参拝して記念式典を行っています。
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洋服関連の他の記念日
洋服関連では、11月12日の洋服記念日以外にも記念日があります。
具体的には、
- 11月29日 の いい服の日
- 2月9日 の 服の日
といった、洋服関連の記念日もあります。
まとめ
現在では、洋服が当たり前ですが、昔は、和服が当然でした。
洋服記念日を通じて、日本が、どのように和服から洋服に切り替わっていったのかが理解できたのではないかと思います。
記念日に着目することで、歴史の勉強もなりますね。