7月1日は、童謡の日という記念日です。

童謡の日は、童謡を日本ンお文化遺産として保存し、アピールすることが目的で制定された記念日です。

さらに詳しく、「童謡の日」について知りたい人は、このまま読み続けることで知識を深めることができます。
 

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「童謡の日」に関する基本情報

ここでは、「童謡の日」を、誰が制定したのか?なぜ、7月1日なのか?といった記念日として基本的なことがらを紹介します。

誰が制定した記念日なのか?

1984年(昭和59年)に、日本童謡協会が制定した記念日です。

日本童謡協会とは?

日本童謡協会とは、一般社団法人で、童謡の振興と普及をはかることを目的に、1969年2月に結成された組織です。

なぜ、7月1日が記念日になったのか?

童謡の日は、1918年(大正7年)7月1日に、鈴木三重吉さんが児童雑誌「赤い鳥」を創刊したことにちなんで日付が決められています。

童謡の日のイベントとは?

童謡の日である7月1日には、童謡の日コンサートなどが行われています。特に、「童謡誕生100年」を迎える年には、「童謡誕生100年記念コンサート」として、記念コンサートが開催されました。

日本童謡賞

7月1日の童謡の日には、前年度の全童謡業績を対象として、優秀なものに日本童謡協会が、「日本童謡賞」が送られています。贈呈式は、童謡の日の7月1日に行われます。

童謡文化賞

童謡文化賞は、日本童謡協会が、東京書籍株式会社の協賛を得て、2002年に、創設された賞です。日本国内で、童謡文化の普及に寄与した個人、団体に対して賞を贈ります。贈呈式は、童謡の日の7月1日に行われます。

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「童謡の日」に関する豆知識・雑学

ここからは、「童謡の日」にちなんで「童謡」に関連する豆知識、雑学を紹介します。

児童雑誌「赤い鳥」とは?

児童雑誌「赤い鳥」とは、堅苦しい「唱歌」や「説話」でなく、子どもの言葉で子どもの世界を描くことで、分かりやすい童話、童謡の創作を目指した雑誌です。

いつまであった雑誌なのか?

1918年7月1日に創刊し、多くの名作童話・童謡を生み出し、日本の近代児童文学・児童音楽の創世期に最も重要な影響を与えた雑誌です。

「赤い鳥」を創刊した鈴木三重吉氏さんが無くなった1936年8月に廃刊になりました。廃刊になるまで、関東大震災の時に、休刊になりましたが、18年間で、196冊が刊行された雑誌です。

今も親しまれる童謡を生み出した雑誌

「赤い鳥」で編集主幹をしていた鈴木三重吉さんは、芥川龍之介、小川未明、有島武郎などの有名な小説家にも児童文学の筆をとらせていました。

また、北原白秋、野口雨情、西条八十などの詩に、山田耕筰らに依頼し作曲するなど、今でも親しまれる童謡を数多く生み出しています。

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「赤い鳥」は、評価される雑誌

雑誌の「赤い鳥」は、一流の文学者の作品を掲載したことで、児童文学全体のレベルを高めました。さらに、新美南吉などの、児童文学作家の発掘、育成も行ったと評価されています。

しかし、寄稿を試みた宮沢賢治の作品を鈴木三重吉が、まったく評価せずに、掲載にならなかったこともあり、これが「赤い鳥」の雑誌の限界と評されることもあります。

雑誌掲載の童話がTVアニメ化されている

1979年2月5日~7月30日にかけて、テレビ朝日系、シンエイ動画制作で、テレビ朝日開局20周年記念番組として、「赤い鳥」に掲載された童話がアニメ化されています。

TVアニメの第一話は、「天までどとけ」でした。この「天までとどけ」は、1979年10月のミラノで開催された国際映画祭の短編アニメ部門の第1位に選ばれました。

さらに、1879年11月には、国連から、「国際児童年」のテーマにかなう作品として、主人公の「YAICHI」のタイトルで表彰されています。

 

まとめ

童謡の日は、昔に発刊されていた児童雑誌の「赤い鳥」の発行日にちなんで制定された記念日です。「赤い鳥」は、既に廃刊されていますが、今でも、日本童謡協会が活動を行い、7月1日には、コンサートが行われています。