5月26日は、ラッキーゾーンの日という記念日です。

ラッキーゾーンの日は、甲子園球場にラッキーゾーンが設置されたことにちなんで制定された記念日です。

さらに、ラッキーゾーンの日について詳しく知りたい場合は、このまま読み続けることで、どんな意味があって5月26日になったのか?誰が制定したのか?などについて深く理解できます。
 

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「ラッキーゾーンの日」に関する基本情報

ここでは、ラッキーゾーンの日の記念日について、誰が制定したのか?なぜ、5月26日が記念日になったのか?などの基本的な情報を紹介します。

なぜ、5月26日が記念日になったのか?

ラッキーゾーンの日は、甲子園球場にラッキーゾーンが設置されたのが、1947年5月26日であったのにちなんで日付が決められています。

なぜ、ラッキーゾーンが設置されたのか?

甲子園のラッキーゾーンは、球場が広すぎてホームランが出にくいという理由で設置されました。甲子園のラッキーゾーンは、日本の第一号のラッキーゾーンでした。

ラッキーゾーンの意味とは?

ラッキーゾーンとは、野球場の外野フィールドの内側に、本塁打を出やすくするために、外野フェンスの手前にホームランとなる柵と、本来のフェンスと柵の間の空間のことです。

既に甲子園のラッキーゾーンは撤去された

甲子園のラッキーゾーンは、1992年に撤去されました。

誰が制定した記念日なのか?

ラッキーゾーンの日は、誰が制定した記念日かは不明です。日本記念日協会にも登録されていませんでした。

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「ラッキーゾーンの日」に関する豆知識・雑学

ここからは、ラッキーゾーンの日にちなんで、「ラッキーゾーン」についての雑学、豆知識について紹介します。

ラッキーゾーンがある球場

倉吉市営野球場

倉吉市営野球場は、ラッキーゾーンないにナイター設備の照明灯の支柱があるため、ラッキーゾーンの撤去が困難なので撤去されていません。

宮城球場

2013年設置したと言われているが、非公式です。

福岡ドーム

2015年に設置されたと言われているが、非公式です。

ラッキーゾーンが廃止・撤去された球場

阪神甲子園球場

阪神甲子園球場のラッキーゾーンは、1947年設置され、1949年からは常設となりました。その後、1976年に改装されたが、1992年には撤廃されました。

明治神宮野球場(神宮球場)

明治神宮野球場(神宮球場)では、1962年にラッキーゾーンが設置され、1965年常設化しましたが、1967年に撤去されました。

西京極球場

西京極球場では、ラッキーゾーンは、1987年に廃止されました。

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ラッキーゾーンがあったが、閉鎖されて球場

鳴海球場

鳴海球場には、ラッキーゾーンが設置されていましたが、1958年には、球場自体がが閉鎖されました。

阪急西宮球場

阪急西宮球場には、ラッキーゾーンを設置することで、両翼を101mから91.4mに短縮するために1960年頃に設置しましたが、1991年には撤去されました。その後、球場自体が2002年に閉鎖されたことで、すでに解体されショッピングモールになっています。

藤井寺球場

藤井寺球場は、両翼を約98mから92mへ短縮するためにラッキーゾーンが設置されていました。しかし、藤井寺球場のラッキーゾーンは、コンクリート製なので、ラッキーゾーンと言えるかの論議がありました。

その後、藤井寺球場は2004年に閉鎖されたことで、解体されました。藤井寺球場の跡地には、市が文化的施設をという以降もあり、学校法人四天王寺学園が取得し、2009年に四天王寺学園小学校が開校しました。

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アンラッキーネットが存在する球場

後楽園球場には、外野ポール付近に、1953年から1957年まで、アンラッキーネットが存在していました。これは、後楽園球場の両翼が78mしかなく、狭いためにホームランが出やすかったのをカバーするために設置されていました。

その後、1957年のシーズンオフにフィールドを拡張したことで、フェンスそのものを高く改修することで、アンラッキーネットは撤去されました。

ラッキーゾーンが作られた歴史

ラッキーゾーンは、日本においては、阪神甲子園球場に設置したのが第1号です。野球の試合において、柵越えの本塁打が注目されるようになり、本塁打が少なかったことを危惧した阪神甲子園球場の管理会社の阪神電鉄が、1947年5月26日に、外野の両翼から左中間、右中間付近に、金網を設置して本塁打が出やすいようにしました

その後、鳴海球場、阪急西宮球場、西京極球場、明治神宮野球場、倉吉市営野球場などの球場でもラッキーゾーンが設置されていきました。

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ラッキーゾーンが撤去される歴史

選手の体格が向上し、また、ボールやバットの品質が改良されたことで、ホームランの本数が増加しました。さらに、夏季オリンピックに、野球が加えられたことで、1980年代以降は、球場の規格が適合しない場合は、準ずる球場が新規設置されたり、改修などが行われ、外野が拡張されたことでラッキーゾーンの意味が無くなり、ラッキーゾーンが消えていきました。

ホームラインは、1950年の2リーグ制になった年で、両リーグで1500本以上でていました。1960年には、1000本以上に回復し、11968年以降には、1500本となっています。

 

まとめ

ラッキーゾーンの日は、日本で初めてラッキーゾーンが設置された日にちなんで記念日が設置されました。特に、日本記念日協会に登録されているわけでもないので、正式に登録された記念日ではありません。

一時期は、ラッキーゾーンが設置される球場が増えましたが、選手の体格やボール、バットなどの道具の改良もあって、今では、多くの球場ではラッキーゾーンが撤廃されています。