12月11日は、「タンゴの日」というアルゼンチンの国家的記念日です。

タンゴの日は、アルゼンチンの国民的英雄であるタンゴ歌手の誕生日をお祝いすることを目的に制定されました。

さらに詳しく、タンゴの日について知りたい場合は、下記を読み進めてください。
 

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「タンゴの日」に関する基本情報

アルゼンチンのタンゴの日についての由来など基本的な情報を紹介します。

タンゴの日の由来とは?

タンゴの日は、アルゼンチンの国民的英雄であるタンゴ歌手のカルロス・ガルデルフリオ・デ・カロの生まれた日を記念してお祝いする記念日です。

なぜ、12月11日に制定されたのか?

  • カルロス・ガルデルの誕生日:1890年12月11日
  • フリオ・デ・カロの誕生日:1899年12月11日

上記の通り、カルロス・ガルデルとフリオ・デ・カロの誕生日は、共に12月11日であることから、タンゴの日が、12月11日に制定されました。

誰が制定した記念日なのか?

1977年11月29日に、ブエノスアイレス市条例で、「タンゴの日」が制定されました。それが、2005年にアルゼンチン国会で認められ、全国規模の記念日として制定されました。

アルゼンチンタンゴの日を祝日にした人とは?

タンゴの日は、1977年12月19日に、アルゼンチンの祝日になっています。このアルゼンチンタンゴの日が、祝日に制定するように活動したのは、ベン・モラール(Ben Molar)という人です。

ベン・モラール(Ben Molar)とは?

ベン・モラール(Ben Molar)とは、作詞家で、作曲家、音楽プロデューザーを務めて、さらに、フェルマータ・レーベル(Fermata)のオーナーでもあります。ボクシングのプロモーターとしても実力者で知られています。

タンゴの日が祝日になった決め手とは?

祝日に制定するまでには12年もかかりましたが、最終的に決め手になったのは、ブエノスアイレスのルナ・パークというスポーツ格闘技場で行われた「タンゴの日の制定を支援するパーティー」を行ったことが決め手になったようです。

なぜ、ルナ・パークでパーティーを行えたのか?

ベン・モラールが、ルナ・パークで、「タンゴの日の制定を支援するパーティー」を開けた大きな要因は、オーナーであったからです。

「タンゴの日の制定を支援するパーティー」は、どうだったのか?

「タンゴの日の制定を支援するパーティー」は、メディアに注目されたことで、1977年12月11日には、会場のルナ・パークには、タンゴ界の主要なアーティストが参加し、1万5000人もの参加者に、フリオ・デ・カロが誕生日を祝福されました。

タンゴの日は、世界的に広まる

タンゴが世界的に人気が高まるにつれて、タンゴの日には、世界各地でタンゴファンが祝うようになりました。

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「タンゴ」に関する豆知識

アルゼンチンのタンゴの日に関連する豆知識について紹介します。

アルゼンチンタンゴは、ユネスコの世界無形文化遺産

2009年に、アルゼンチンタンゴは、ユネスコの世界無形文化遺産に登録されました。

カルロス・ガルデル(Carlos Gardel)とは?

カルロス・ガルデルは、タンゴ歌手の歴史的第一人者として知られ、アルゼンチンの英雄的なタンゴ歌手で、作曲者や俳優もこなした人です。1890年12月11日に生まれ、1935年6月24日まで生きた人です。

フリオ・デ・カロ(Julio De Caro)とは?

フリオ・デ・カロは、「タンゴもまた”音楽”である」という名言を残したことで知られ、タンゴ音楽の中興の祖とも言われています。フリオ・デ・カロは、1899年12月11日に生まれ、1980年5月11日まで生きた、バイオニスト、作曲者で、楽団代表を務めた、アルゼンチンタンゴの英雄です。

そもそも、タンゴって、どんな音楽なの?

ヨーロッパの南西に位置するイベリア半島で、ポルトガルやスペインがある地域で発祥した舞曲のリズムの音楽です。19世紀後半に南米にダンスパターンが輸出され、アルゼンチンのブエノスアイレスやウルグアイのモンデビデオで広がりました。

タンゴの歴史とは?

タンゴが生まれた発祥は不明ですが、18世紀の後半には「tango」と書かれた手稿譜が見つかっています。その頃には、ヨーロッパのイベリア半島で、既に踊られていました。その後、スペインの植民地政策の一環でダンスパターンがラプラタ河口に伝わり、1900年以降になり、フルートやバンドネオンが混合されたアンサンブルになったことで流行になり、さらに広がりました。

タンゴの種類

タンゴは、ヨーロッパで変化したものを「コンチネンタル・タンゴ(ヨーロッパ・ガンゴ)」と言います。これに対して、タンゴの元来のものは、「アルゼンチン・タンゴ」と呼ばれて区別されています。

日本のタンゴの歴史とは?

日本においてタンゴが普及したのは、昭和初期から戦前にかけてです。戦前までは、アルゼンチンタンゴが一部入ってきました。戦後になり、ヨーロッパからムード音楽の一環として「コンチネンタル・タンゴ」が入ってきて、競技タンゴ、社交タンゴが広がったようです。

1980年代後半からアルゼンチンタンゴの人気が再熱

タンゴの人気は下火になっていましたが、1980年代後半に、「タンゴ・アルヘンティーノ」の公園がアメリカで成功し、日本に入ってきたことで、アルゼンチンタンゴが、再度、普及するきっかけになりました。

 

まとめ

アルゼンチンタンゴは、日本では名前は知っていても、詳しくは知らないという人は多いと思います。12月11日のアルゼンチンタンゴの日を機会に、タンゴについての知識を広げてみるというのも良いのではないかと思います。